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京都地方裁判所 昭和31年(行)7号 判決

原告 朝山茂子

被告 京都府知事

主文

被告は原告に対し被告が昭和二三年七月二日した京都市左京区松ケ崎芝本町二七番地田六畝一歩の買収処分が無効なることを確認する。

原告の抹消登記手続を求める訴は之を却下する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は主文第一項同旨及被告は京都市左京区松ケ崎芝本町二七番地田六畝一歩(以下本件土地と称す)に対する買収を原因とする所有権取得登記の抹消登記手続を為すべしとの判決を求めその請求の原因として、

本件土地は原告所有の農地なるところ被告は昭和二三年七月二日本件土地を不在地主所有の小作地として自作農創設特別措置法(以下自創法と略称す)第三条により買収対価七二四円で買収したが、右買収には次の違法原因がある。

(一)  本件土地は自作地である。本件土地は原告が住宅建設を予定していたものであるが、当時大東亜戦争中であつたので建築材料もなく、且つ食糧の欠乏も甚しかつたので食糧を補給する為本件買収当時まで原告自ら右土地を耕作していたものである。現に本件土地を自作地であることを無視して買収したので、この土地につき当然に売渡をうくべき権利を有する者がなく農林省所管の国有地として国が保有したままである。

(二)  本件土地は自創法第五条第四号若しくは第五号により府知事又は左京区農地委員会において買収除外地として指定すべき農地である。本件土地は都市計画法による土地区劃整理に基づく松賀茂土地区劃整理組合の地域内の土地で右土地の区劃整理は昭和六年九月二五日完成して同日付で換地登記を完了している。次に本件土地は農地より宅地に変更すること即ち近く土地使用目的を変更することを相当する農地である。前記(一)に述べた如く原告は本件土地に住宅を建築することを予定していたが食糧難等の為本件買収当時まで耕作していたものであるが、原告は本件土地の宅地造成の為前記区劃整理において、二四一坪六合八勺を提供して一八一坪三合二勺の割当をうけ、金銭負担としては当時一五一円を支出して居りこれを時価に換算すると割当減少分土地一坪五〇〇〇円(実際は七乃至八〇〇〇円)とすれば三〇万円、金銭負担を三〇〇倍とすれば四乃至五〇〇〇円合計約三五万円を費しており、又元来本件土地附近は京都市内でも最も優れた高級住宅地であつて、昭和一〇年頃には本件土地附近の疎水の北側まで市街地となつて居り、昭和一四年には本件土地の地域内に京都市の水道が敷設され戦前よりバスも附近を通行して居つたが戦争の為市街地化するのが遅れたけれども戦後は漸次発展し今や附近一帯の土地は急速に市街地化し、本件買収当時本件土地の南八〇間、西方一二〇間以遠はすでに市街地化して居り南方一〇〇間には貯金局があり其の東隣には官立京都高等工芸学校(現在の京都工芸繊維大学工芸学部)があり客観的に市街地化となるべき形勢の土地であつたことが明かである。よつて本件土地は自創法第五条、四号若しくは五号により知事若しくは農地委員会が買収除外地として指定すべきものであつた。

(三)  右の如く本件買収は自作地を小作地と認定して買収した点において、買収除外地と指定すべきを指定せずに買収した点において夫々違法原因がある。

而して本件買収における右違法原因は買収当時明白であり且つ重大な瑕疵であり本件買収処分は当然に無効であるからその確認を求める。

次に本件土地の買収は右の通り無効であるが、本件土地は右買収により農林省の為所有権取得登記が為されているが、知事は農地の所有権移転登記抹消について職権で為し得るのであるから本件買収処分の無効に基づく原状回復として被告に対し右登記の抹消登記手続を求める、と述べ被告の登記抹消請求に対する本案前の抗弁及各本案に対する答弁事実を否認した。(立証省略)

被告指定代理人は主文第二項同旨並に買収処分無効確認を求める部分については之を棄却する、訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、登記抹消の訴に対する本案前の抗弁として、

登記抹消登記手続を求める請求は被告適格を誤つている即ち本件土地の登記名義は農林省であるから国を被告とする一般民事訴訟法によるべきものであり知事は被告適格を有しないから本件訴は却下さるべきものであると述べ、本案に対する答弁として原告の主張事実中、本件土地を被告が原告主張の日時、内容対価で買収し現在なお農林省所管の国有地として国が保有していること、本件土地が原告主張の区劃整理組合の地域内にあり、右地域の換地整理が原告主張の日時完成し同日付で登記が完了していること本件土地の地域に昭和一四年京都市が水道を敷設したこと、戦前より本件土地附近をバスが通行していること本件買収当時本件土地の南方八〇間、西方一二〇間各以遠は市街地化して居り、又東南方一〇〇間には貯金局がありその東隣りには官立京都高等工芸学校(現在の京都工芸繊維大学工芸学部)があつたことの各事実は認めるが其の余の原告主張事実は否認する。即ち

(一)  原告は買収当時京都市中京区西ノ京に居住して居り本件土地は左京区松ケ崎六ノ坪町居住の訴外細田勝美が耕作していたものであるから不在地主所有の小作地であり、原告の自作地でない。尚本件土地は右訴外細田勝美が売渡をうける資格を持つていない所謂非農家であるから国が保管し同人に貸付けているものであるが、売渡出来ない農地であつても買収出来るものである。

(二)  本件土地附近は区劃整理こそ施行されているが市街地より遠く建物も殆んどなく道路は草で覆はれているような状態であり近く使用目的を変更する土地とは認められなかつた。

而して区劃整理施行地域はすべて買収を除外すべきものと限らず且つ本件土地が右の様な状態であつたので自創法第五条第四号第五号による買収除外地指定をすべき土地ではなかつたのであると述べた。(立証省略)

理由

まず抹消登記手続を求める訴に対する被告の本案前の抗弁について考えて見るに、本件土地が本件買収処分の結果国有地として農林省名義の所有権取得登記がされている事は原告の自認するところであるから本来ならば本件登記請求は国を被告とすべきものである。

而して原告主張の政令即ち農地法により買収又は売渡をする場合の登記の特例に関する政令(昭和二八年八月八日政令第一七三号)によれば知事は農地の売渡又は買収に関して国の為に職権で登記嘱託が出来るけれども、本件の如く買収処分が無効なる場合の抹消登記についての規定がなく、従つて本件訴の被告は国とすべきものであり被告知事は当事者適格を有しないから本件訴は却下する。

次に買収処分無効確認の本案について判断するに、原告所有の本件土地を昭和二三年七月二日被告が不在地主所有の小作地として自創法第三条により買収対価七二四円で買収したこと、本件土地は現在農林省所管の国有地として国が保有していること、本件土地は都市計画法に基づく松賀茂土地区劃整理組合の地域内にあり右地域内の整理は昭和六年九月二五日完成し同日付で換地登記を完了していること、昭和一四年に本件土地の地域に京都市が水道を敷設し、戦前より本件土地附近をバスが通行していたこと、本件土地買収当時、本件土地の南方八〇間西方一二〇間以遠はすべて市街地化して居り、東南方一〇〇間には貯金局があり其の東隣りには官立京都高等工芸学校(現在の京都工芸繊維大学工芸学部)があつたことの各事実は当事者間に争がない。

原告は本件土地が近く土地使用の目的を変更することを相当とする農地と主張するのでまずこの点について判断する。成立に争いない甲第一号証及び原告本人尋問の結果によれば、原告の夫朝山峻は本件土地を建物建築の目的で買受けたものであつて戦時中資材不足のため建築が出来なくなつたものであることが認められ成立に争のない甲第五号証によれば本件土地は区劃整理における換地において二四一坪六合八勺の提供に対し一八一坪二合八勺の割当をうけ換地当時一五一円三八銭の現金負担をしたものであり、検証の結果(第一回)によれば検証当時の昭和三二年二月六日本件土地附近は住宅地に適する様碁盤の目の様に区劃され、道路の凸凹はげしく一部には野菜がつくられてあるが道路の両側には巾一尺のセメントで作られた排水溝がつけてあり本件土地は東西一六間南北一一、五間の面積を有し其の現況は野菜が植えてあるがその東方のうち隣接する東の一角は住宅用地として囲われてその東北角の道路端に止水栓があり東南方には前記の貯金局庁舎、京都工芸繊維大学工芸学部校舎があり附近一帯には家屋が密集しており、西方のうち隣接西方ブロツクにはノートルダム学院の校舎があり其の背後一帯は家屋が密集しており、北西一角にはブロツク平屋建の家屋一戸が建築され其の他には野菜が植えてあり、北方のうち隣接北ブロツクには建築中の木造瓦葺二階建の家屋及普請小屋があり北東ブロツクには棟割三戸建の木造瓦葺二階建の家屋があり其の背後一帯には家屋が密集しており、南方のうち隣接南ブロツクには苗床があり其の南後方には建築後数年経過したと見られる木造瓦葺二階建家屋及スレート葺二階建家屋一棟が建築中でありその背後には相当年数を経た家屋が密集していることが認められ、これと前示争いない事実とを綜合すれば本件土地は買収当時農地であつたけれどもむしろ住宅地としての適格を備えており附近の客観的形勢よりして近き将来資材事情の好転をみれば順次住宅が建設され宅地となることが予測され得たわけで、近く宅地として使用目的を変更することを相当とする農地であつたものといわなければならない。この様な農地につき所轄農地委員会は自創法第三条の買収計画を樹立するにあたり京都府農地委員会の承認を得て同法第五条第五号による買収除外地の指定をして買収の目的から除外すべきであり、このような農地について右の指定をしないで買収計画をたてることは違法であつて、このような違法な買収計画に基く買収処分もまた違法である。

本件において買収除外地の指定なきまま買収したことは被告の明かに争はないところであり本件買収は違法であるといわなければならない。そこで右違法原因が本件買収処分を無効ならしめる原因となるか否かについて考えて見る。凡そ行政処分に瑕疵がある為それが無効とせられる為には其の瑕疵が客観的に明白でしかも重大なものであることを要すると解すべきところ、さきの認定よりして本件買収当時においても本件土地はそれ自身の状態、周囲の状況よりして、何人の目にも近く住宅地となることが予測され、そのように近く使用目的を変更することを相当とする農地であるとみられるものであつたと認められ、そうだとすればこのような状態を無視した行政処分はその違法性が明白であると云わなければならない。又凡そ農地買収処分は自創法第一条によると自作農を創設することを目的とするものであつて、その目的に照して買収の目的として適当でない土地を同法第五条によつて除外しているのであり特に本件の如く将来宅地となるべきものについて自作農を創設することは殆ど無意味に等しいものであつて、この点において、買収すべきでないものを買収した本件買収処分はその瑕疵の重大なものである。

よつて本件買収処分は当然に無効としなければならない。

よつてその余の点について判断するまでもなく、本件農地買収処分は無効であつて、その確認を求める原告の請求は理由があるからこれを認容する。訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条、第九二条、第九五条を適用して主文の如く判決する。

(裁判官 石崎甚八 石川恭 尾中俊彦)

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